カテゴリ:ハート家の名探偵( 3 )
ハート家の名探偵・第1話・その1
「パパは生まれたときからパパじゃない」


♡1・「パパは生まれたときからパパじゃない」 問題編

 紅茶の香りに誘われるようにキッチンへと来たらベーグルとトマトサラダも待っていた。
「おはよう、レイチェル。よく眠れたかい?」
 声も笑顔もさわやかに振り返ったのはパパ。左手のフライパンにはカリカリのベーコン。
 どうやら今朝の食事はパパが作ったらしい。もしもママのカゼがまだ治らないようなら、
わたしが料理をするつもりだったのに、ネボウしたみたい。
「おはよう、パパ。ごめんね」
「ん‥? 何がだい?」
「朝ゴハン。早起きさせちゃって……」
「ハハ、そんなことか。もうすぐ出来るから、ティアたちも起こしてくれるかな?」
「うん。わかったよ」
 と、2階へ行こうとしてわたしは、階段の中ほどに座り込んだルーミィたちに出会った。
たち…というのは、わたしの妹で小学1年になるルーミィと、我が家の愛犬ログ、そして
ログの背中がお気に入りの白い子猫のピニーのこと。この3人はいつでもセットなのだ。
「おはよう! ルーミィ、ログ、ピニー」
 ログがこちらを見て小さく吠えた。
「おはよう! ルーミィ、ピニー」
 子猫がチラッとわたしを見てソッポを向く。
「お・は・よ・う、ルー・ミィ!」
 顔を近づけてからゆっくりと発音すると、やっとルーミィは絵本から目を上げてくれた。
「あ‥‥レイおねーちゃん。お…おはよう」
「おはよう! 何読んでるの?」
「え‥?」
 恥ずかしそうに見せた表紙にはイルカの絵。タイトルは、『フォッティーナの海』とある。
「へえ、おもしろそう。後で読ませてね」
「うん‥‥いいよ」
 ログが動いて道をあけてくれたので、脇を抜けて上る。窓からの陽射し。今日は快晴!
「あ、ルーミィ! もうゴハンだから……」
 けれど妹は、またイルカとの旅に出ていた。

 上ってすぐ左がティアお姉ちゃんのお部屋。中学3年生のお姉ちゃんは学校で評判な
ほどの美人で、ママが若かった頃の写真にそっくりだ。わたしはまるで似てないのに…。
 ノックをしても返事がないのでドアを開く。お姉ちゃんは、タオルケットをかぶり熟睡中。
ブラインドを開けて、春の太陽を招き入れる。
「朝だよっ、天気いいよっ、起きろぉ!」
 ……ノーリアクション。目覚める気配なし。
 それでもわたしが10分ほど騒いでたら、眠そうな目のキースお兄ちゃんが顔を出した。
お兄ちゃんは高校2年生。休み中なのをいいことに昼と夜とが入れ代わった生活なので、
どうやら今から寝るところだったようだ。
「うるさいよ、レイチェル。ママまで起きちゃうだろ」
「あ‥そうか、ごめんなさい。でも……」
「まあ、見てろよ」
 と、お兄ちゃんは手に持っていたボールのような物をタオルケットの中に転がし入れた。
するとしばらくして、慌てたおねえちゃんがベッドから飛び跳ねるようにして起き上がった。
「な…な…なんなの、この匂い!!」
 お姉ちゃんが金切り声をあげる。
「おはよう、ティア姫。ごきげんいかが?」
 お兄ちゃんの顔をにらみつけるお姉ちゃん。わたしにも匂いが届く。床に落ちたボール。
それはお姉ちゃんの大嫌いなタマネギだった。

「キース兄ったら、いいかげんにしてよね!」
 サラダを食べながら怒っているティアお姉ちゃん。
「オレも目が覚めちゃったなあ」
 キースお兄ちゃんがミルクをゴクゴクと飲む。
「昨夜はプレアデスが綺麗だったぞ」
 パパがベーグルをかじる。
「どうしてくれるのよ、ベッドの匂い!」
 と、まだブツブツと言っているお姉ちゃん。
 ルーミィは食事もすんでお絵描きの時間。色とりどりのマーカーで、お花畑を描いている。
 その隣では満腹になったログとピニーが仲良くお昼寝中。
 わたしは紅茶を味わっていた。

「まだ熱が下がらないみたいだな」
 とのパパの言葉に、みんなでタメイキ。
「ママんとこに、いっちゃダメ?」
 ルーミィが訊ねたけれど、パパは首を振った。
「眠ってるから、また後でね」
「ねえ、パパ。ネツさんはなんでママいじめるの?」
「ねつさん‥?」
「パパ、ネツさんやっつけて、ママたすけてあげてよ」
「え……ああ、熱さんね。だから氷で頭を冷やしてるだろ」
「人間の脳細胞ってさ、たしか41℃超えちゃうと、活動停止しちゃうんだよね?」
「こら、キース兄! ルーミィが恐がるでしょ、やめなさいっ」
「大丈夫だよ、ルーミィ」
 と、パパがルーミィの髪を優しく撫でる。
「あのね、本当は熱さんは味方なんだよ。悪いのはカゼカゼ・ウィルスくんの方さ」
「ういーすくん? ネツさんはいい人なの?」
「ママをいじめるウィルス君は、熱いのが苦手なんだよ。だから熱さんはママのために、
ウィルス君をやっつけようとがんばってるんだよ」
「え、そうなの? じゃ…わたし、ネツさんにゴメンナサイしなきゃ」
「そうだね。セキさんやハナミズくんだって、ウィルスくんを追っ払ったりやっつけようと
してがんばってるんだよ」
「そっかぁ。わるいのは、ういーすくんなのね」
「だけど、パパは本当は、ウィルス君は〈病原体〉なんかじゃなくて〈遺伝子の運搬人〉
だと思うんだけどね。うーん、ルーミィにはまだちょっと…難しいかな?」
「〈ウィルス進化論〉かァ。どうなんだろ、〈異種間の遺伝子結合〉が進化であるってのは、
芸術でも工業技術や社会でも全部その通りだけどね。異分子なくして進化なしってね」
「もう、キース兄は口をはさまないのッ」
 と、お姉ちゃんが耳をひっぱる。
「ういーすくんも、ホントはわるくないってこと?」
「まあね。悪者とか悪玉なんて、どこにもいないのさ。みんなそれぞれの立場で必要だし
意味がある。善悪っていうのは〈相対的〉なものでしかないんだ。そういう意味じゃ自分
の立場や都合だけの狭い視野しか持たないのが、唯一・最大の〈悪〉なんだよ」
 ルーミィはキョトンとしているけれど、わたしはパパのこんなところが好きだ。
 たとえ意味なんて解らなくっても、パパの気持ちは少なからず伝わっていると思うから。
「そうだよ! ティア姫はゴキブリが嫌いだから、殺してくれって頼みに来るけどさ……」
「いいの、あれは。害虫なの。悪魔なの」
「それは勝手な視点だろ! 〈殺人〉も〈殺虫〉も、罪深さは同じさ」
 そう言ったお兄ちゃんに、パパもうなずいた。
「そうだなぁ。それにゴキブリたちは4億年も前から生き続けてるんだよ。彼らにすれば、
人類の歴史なんて一瞬だよ。そして彼らは、恐竜や我々が絶滅しようとも生き残っていく。
どちらが真の〈地上の支配者〉かは明白だね」
「そうさ。本当はゴキブリたちが遺伝子操作して、人間って種を造り出したんだぜェ」
「なによ、気持ち悪いこと言わないでよォ。眠れなくなるでしょ!」
 ティアお姉ちゃんほど病的じゃないけれど、わたしも生理的に彼らが好きにはなれない。
なのに殺虫剤を向けながら罪の意識とか持ったりするのもイヤかも…。
 するとパパが真剣な表情で、わたしたち全員の目を順に見つめた。
「絶対的な〈善〉も、絶対的な〈悪〉も存在しないんだ。例えば〈悪魔〉と呼ばれるものだって、
本当は〈異教の神〉のことだ。自分たちの〈神〉こそが正しくて、それ以外は〈悪〉という妄信。
そうやって自らを正当化して、人類は殺戮を繰り返してきた。人というのは、〈神〉や〈正義〉
を叫んだ時にこそ、もっとも愚かで残虐になるんだ。このことだけは、忘れないでほしいね」
 パパは、〈無神論者〉だ。そして、わたしもその影響を強く受けている。ママやお姉ちゃん
は毎週礼拝に行くけれど、そのことを怒ったりとかもしない。パパはすごく〈フェア〉な人だ。
クリスマスやハロウィーンだってお祝いするし、イースターには毎年なぜか、絵本をくれる。 
 ママと宇宙と動物、そして自由をこよなく愛するパパ。
 けれど今日は、そんなパパの少し意外な一面を見ることとなった。
 そして、もっと意外だったのは……。

 話のきっかけは何だったんだろうか? そうだ、〈占い〉だ。わたしがルーミィに借りた
イルカの絵本を読んでると、お姉ちゃんとお兄ちゃんたちが騒ぎ出した。
毎度おなじみの口ゲンカだけれど、その話題が〈占い〉のことだったのだ。
「……バカじゃないのかッ、ティア! おまえ、占いなんて信じてるのかよ!」
「い、いいじゃないの、別に! 迷惑かけてないでしょッ」
「そんなの120%デマカセだぞッ。もし当ったとしても、偶然か自己暗示にすぎないね」
「わっかんないじゃないの。科学がすべてじゃないでしょォ」
「だったら、テレビも見るなレンジも使うな電車にも車にも乗るな……」
「なによおッ。いっつもそうなんだから」
「占い師って書いて、サギシって読むんだぞ」
「ほっといてよ。ひとの趣味に口出さないで」
「へええ、知的でご立派な趣味だこと」
「キース兄みたいに、人殺しの本ばっか読むよりはマシよ」
「なんだとティア! おまえ、ミステリをバカにするのかッ。そいつは許せないよ」
「いーえいえ。高級で有意義なご趣味ですこと」
「ンなにいィ」
「まあまあ、2人とも…」
 と、ここでパパがすべりこんだ。今日は、ママの天然ボケというクッションがないのだ。
「キースもティアも、相手の感性の否定はいけないな。自由の侵害だぞ」
「でもさ、占いなんて……」
「なによォ。わたしだって、本気で信じてるとは言ってない‥じゃない」
「未来予知なんて、ありえるはずないだろッ。未来が確定してると思ってるのか!」
「それは……まあ」
「ほらみろ、バカティアなんだから……」
「こらこら、いいかげんにしないか」
 わたしも占いなんかはあんまり信じない方だけど、ちょっと質問してみた。
「ねえ、パパ。運命とかってさ、あるのかなあ? わたしのパートナーがもう決まってて、
子供は何人でいつ死ぬとかも決まっちゃってるとしたら、そんなのヤだなあ」
「いいや、運命は決定事項じゃないよ。例えば極端な話なら、バスを1本遅らせるだけで
そこから先の未来は全て変わってしまう…とも言えるね」
 パパのその説明を聞いて、ちょっと恐くなった。バスに遅れただけで人生変わっちゃう
というのも、それはそれで恐ろしい気がする。
「どっちにしても、自分の未来は自分自身の判断で選ぶってことが大切だよ」
 それができないからこそ、占いに頼ったりするんだけど…。
「‥‥そういえば、実はパパも昔、占いを信じてしまったことがあったな」
「へえ?! パパが」
 わたしも意外な気がした。パパの理論的なキャラクターにはないことに思えたのだ。
「今から思えば単なる偶然だったんだけどね……」
「へー、どういうこと? 話してよ」
「い、いや、いいじゃないか……ハハ…ハ。ごめん。も、もう忘れてくれ」
 パパはとても慌てたように言った。でも、お姉ちゃんたちは許さない。
「なんでよ。ハート家に秘密はないんでしょ?」
「……ま、まあね。けど、すごく、つまらない…話だぞ」
「それはオレたちが判断するからさ、とりあえず話してみてよ」
 するとようやくパパは、言いにくそうに話し始めた。

「‥‥えーと、あれは、パパが中学1年生の頃だった‥‥。当時、愛読していた雑誌にね、
〈今月の占い〉というのが載っていたんだ」
「なるほど。よくあるよね、そんなバカなコーナーが。何の根拠があってそんなデタラメを…」
「キース兄は黙って! パパ、続けて、それでどうなったの?」
「うん。ある時その占いのページが、何気なく目に留まったんだよ‥‥。牡羊座のあなた、
5日に運命的出会いがあります! 最良のパートナーと出会うのです…と書いてあった」
「ハハ、なにそれェ?! いったいどんな神経してたらそんな無責任なことが書けるんだか…」
「うるさい!! ねぇ、それでそれで…?」
「もちろん、パパだって信じたわけじゃないよ。全世界の牡羊座の人がみな同じ運命かい?
いや、そんな括り自体が無意味だね。天体の運行と個人の生活に関係などありえないさ。
それに雑誌の占いなんてのは、統計学ですらない純粋なデタラメだろうさ。だけど……」
「起こったのね! 運命的な出会いが……」
「ああ。全くの偶然だが、本当にね。パパはいつものように、放課後に図書室へ向かった。
そこで、彼女と出逢ったんだ」
「彼女?」
「あ…ああ。ラーナ・ミンスって、2年生の女の子だ。2人とも同じ本を狙っていたんだよ。
まあ、よくある偶然だけどかなり特殊な本だったし、こんな美少女でも自分と趣味が同じ
なんだってことがうれしかったなあ」
 少し照れているようなパパ。それと、ラーナって名前、どこかで聞いたような気がした。
「ふーん。それって、何ていう本?」
 と、お兄ちゃんが訊ねた。
「え‥? 『ゾウガメの一生』…だったかな」
「うん、なるほど。かなり特殊だ」
「い…いいじゃないか」
「まあね。それで?」
「とにかく、2人はなんとなく意気投合して、お互いの好きな本や映画なんかの話をした。
すると驚いたことに、2人は好みも考え方も価値観もびっくりするほど共通していた」
「それは奇跡ね。わたし、パパと似てる人になんて会ったことないけど」
「うん。こう見えてもパパはちょっと個性的だったから、それまで誰かと心から共感した
ことなんてなかった。しかもラーナは、とっても可愛い女の子で頭も性格もいいときてる」
「声は? もちろん声も可愛かったんでしょ? 歌は?」
 そう訊いたのは、お兄ちゃんだ。パパとお兄ちゃんは声のステキな女の子に弱いのだ。
もちろんママの声もキレイだ。そして歌がすごくうまい。お姉ちゃんだってそう。どんな
にキツイことを言っても、声がそれを和らげてしまうのだ。それにルーミィの声ときたら
本当に愛らしい。すごい恥ずかしがり屋で、あんまりしゃべってはくれないんだけど……。
「声…か、それは‥‥。歌も‥‥うーん。ラーナは、音楽がダメっていうか嫌いだったね。
音楽の時間には図書室で本を読んでたりしてたな」
「それで先生には怒られなかったの?」
「あ…ああ、自由な校風だったから。それに、彼女は成績もすごくよかったしね。その上、
絵がとても上手だったなあ。作文コンクールで賞をとったこともあったよ。好奇心旺盛で
明るくって前向きながんばり屋で優しいし可愛いし、もう非のうちどころがなかったなあ。
これ以上の女の子になんて、絶対もう一生出会えないとさえ思ったよ」
 聞き捨てならないことをサラリと言ったパパ。
 ティアお姉ちゃんににらまれて、やっと失言に気がついた。
「だ、だから‥‥その時はそう思ったってことだよ、ハハハ」
 冷ややかな表情のお姉ちゃん。焦るパパ。
「だ…だいたいさ、ママほどの人がこの世にいるとは思わないだろ、ハハ。そ…それにさ、
自分に似てる相手がいいって訳でもないよ。ママみたいに自分と対照的な方が、結局は
うまくいくものなんだ」
「ふーん。そうかなあ」
「と、とにかく、ラーナとパパはその日から親友になったんだ」
「親友?! 恋人じゃないの?」
 と、お姉ちゃんはなぜか不満そうな顔。
「ああ。まあ、パパにとってそれは初恋と呼べるものだったけれど、彼女には違っていた。
それに、恋愛なんかよりもウサギやクジラや土星の輪ってところに魅かれたんだからね。
でも正直言っちゃうと、パパとしては恋人ってのになってほしかったよ。だけど、それを
打ち明けることで、せっかくの関係を壊してしまうのも恐かった。その年のイースターは
ちょうど彼女の誕生日でパパはプレゼントを買ったんだけど、やっぱりパーティーに誘う
ことはできなくて、プレゼントも渡せなかったな……」
「もう、だらしないわねえ」
 と、お姉ちゃん。パパは頭をかきながら続けた。
「そんなある日、例の雑誌の占いにこう書いてあったんだ。牡羊座のあなた、恋心を告白
するなら10日より他にありません。その日を逃すと次のチャンスはないです! なーんて
ダーツか何かで決めただけのくせに、ひどく断定的な言い方だろ?  けれど、それでパパ
も決心がついたんだ。よし、この暗示にかかってやろう。そう思ったのさ」
「そう! それで告白したのね!」
 身を乗り出したお姉ちゃん。
「いや、結果的にはしなかった。というよりも、できなかったんだ」
 とのパパの答えには、明らかに怒っている。
「なんで、なんでよ!」
「な…なぜって、その日に限って彼女に会えなかったからさ。で、次の日に会っても時機
を逸した感じで冷めてしまっていたし、その日は空気もおかしくて会話も少しギクシャク
してしまった。今さらっていう気もしたから、もう二度と告白とかはしないことに決めた。
そう決心してしまったら、変な意識も消えてまた元どおりの楽しい友人に戻れた。だけど、
彼女はそれから3ヶ月ほどして、えーと、て…転校…してしまったんだ」
「‥‥そうなの」
「あ、ああ。そしてその時は、つまりはそういう運命なのかなんて思ってしまったけれども、
やっぱり思い切って告白すべきだったのかもね」
「転校してからはどうだったの?」
「え? し、しばらくは手紙を交換…したりとかしたけど、長くは続かなかった…かな」
「告白していたら、違ってたかもよ」
「うーん。どうだろう。判らないな」
「‥‥そうね」
「つまりパパはチャンスを逃し、その未来を知る機会を失ったってことさ」
 お姉ちゃんが何度もうなずく。
「結局、その占いは〈大当たり〉ってことよね。次のチャンスは本当になかったんだから」
 するとお兄ちゃんが、怒ったように言った。
「偶然さ! それに、その占いによる暗示のせいで次はないぞって意識が働いてしまって、
そういう結果が導かれてしまったんだよ。インチキ占いのせいで未来が変わってしまった。
もしかしたらさ、その彼女と付き合って結婚して…なんて人生だってありえたんだからね。
そっちの方がよっぽど幸せだったかも……」
「なんてこと言うのよ! だったら、わたしやキース兄も生まれてないのよ」
「とにかく、未来なんてどこで変わるか判らないんだ。結果的に、その占いはパパの運命
を狂わせてしまった。いや、いい意味でね。でも、ママとは出会えなくて結婚もできない、
仕事もうまくいかなくて果ては犯罪者って可能性だって大きかった」
「‥‥そうよねえ。パパは結果オーライだったからいいけど、やっぱり好きな人には必ず
想いを伝えなきゃダメよね」
「……あ、ああ。そうだな‥‥本当に、そうだよ‥‥」
 パパの声はとても悲しそうだ。やっぱり後悔しているのかもしれない。
「わかってるの、レイチェル?」
 お姉ちゃんに見つめられて、わたしは焦った…。先輩とのことを言ってるのだろうか?
わたしにはお姉ちゃんみたいに自分に自信なんてない。それにフィオ先輩が好きなのは、
お姉ちゃんだってことも知っているのだ。残念ながら……。
「‥‥ねえ、だけどさあ、なんでその日に限って会えなかったんだろ?!」
 と、お兄ちゃんが話を戻した。

「なによォ、もういいでしょ。今が幸せなら」
「けど、なんか気になるんだよなー」
 お兄ちゃんは、ちょっとしたことをひどく気にするタイプなのだ。
「ママと恋して私を産むため…でしょうよ」
「運命論じゃなくて、合理的に説明はつかないのかな? 毎日ってほど会ってたんでしょ」
「ああ。クラスっていうか学年が違うからいつも放課後に会っていた。それも約束してる
わけでもなかったし、図書室で会うことが多かったかな」
「ほらね、もともと会う確率は高いのに、会おうとして会えないってのはやっぱり変だよ」
「まあ、そういう日もあるわよ」
「そりゃそうだけど。やっぱり偶然ってことかな…」
 確かにわたしも、ちょっとだけ引っかかる。
「パパはその日、もちろん図書室に行ったんでしょ」
「い…いや、それが‥‥その‥‥」
「え!? なんでよ?」
「そうだよ。どうして!」
 2人に詰め寄られて、困るパパ。
「え、いや‥‥いつも通りってのも、なんとなくイヤで……」
「そんなことするから会えないんでしょ、バカねえ!」
 と、あきれるお姉ちゃん。ちょっとスネるパパ。
「そ…そうだけど。しかたないだろ。その日はパパの方が1時限早く授業が終わったんだ。
誕生日に渡せなかったプレゼントを持ち校門に行き、せっかくだから学校の前の花屋で
小遣いをはたいて小さな花束を買ったんだ。そして急いで校門まで戻り、彼女の授業が
終わるのをずっと待っていた」
「それなのに、彼女は出て来なかったんだね」
「ならラーナはやっぱり図書室に行ったから会えなかったんでしょ」
「でも図書室にパパがいなかったら彼女はすぐ帰るはずだし、そうすれば校門で会える
はずだから…」
「なんでよ? パパがいなくても図書室で本は読むし、裏門から出るってことだってある
じゃないのよ」
「だけど、いまさら校舎に戻るとかえって入れ違いになる可能性もあるし、それなら校門
でずっと待とうと思って…。彼女の家は裏門とは反対だから、そっちから帰るはずない。
といっても、裏門の方もちゃんと見てたよ」
「それでも結局は彼女に会えなかったんでしょ。いつまで待ったの?」
「3時間くらいかな。日も落ちてきたしどうしようかと迷っていた時に、彼女と同じクラス
の先輩が出てきたんで彼女のことを訊いたら、ラーナならとっくに帰ったって……」
「なんだぁ。じゃ、パパが見過ごしちゃったんじゃない」
「それは、ないと思うけど」
「だったら、たまたま裏門から帰った」
「それも‥‥ないと思う」
「ま、どっちにしろそういう運命ってことだよね。間が悪かったのよ」
「だーから、それはそうさ。最初からそう言ってるじゃないか」
 その時、ずっとなにやら考え込んでいたお兄ちゃんが叫んだ。
「そうか解ったぞ! 謎はすべて解けたよ」

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by seikiabe | 2004-09-23 15:17 | ハート家の名探偵 | Comments(1)
ハート家の名探偵・第1話・その2

♡1・「パパは生まれたときからパパじゃない」 推理編

 どこかの〈名探偵〉のようなセリフで微笑むお兄ちゃんは、指を1本立てて続けた。
「パパ、1つだけ確認させてほしい。ラーナが帰ったと証言した先輩ってのは、男でしょ?」
「ああそうだ。それが何か?」
「ふふん。モテないパパに2年の女子の知り合いがそう何人もいるはずはないさ。だから、
その先輩は男だ!」
 お兄ちゃんは妙にうれしそうだ。
「そ…それで?」
「彼女のクラスはその日、文化祭の準備?か何か解らないけど特別に遅くなった。だから、
その先輩も遅かったんだ!」
「違う。授業は普通に終わったし、特別な行事もなかったよ。その先輩はクラブに入って
いたからそんな時間になった。ラーナもパパもクラブには入ってない」
「けれども彼女は何らかの理由で帰りが遅れた。これは間違いないはずだよね。パパより
先に帰ったってことはないんでしょ?」
「それは、ないと思う」
「花屋に行ったスキにってのは?」
「それもない。5分程度のことだし、だいたい彼女はまだ授業中だ」
「それからはずっと見張ってたんでしょ? なら、やはり彼女はなんらかの事情で帰りが
遅くなったことには違いない」
「うーん。そうかなあ」
「そして、パパは3時間待ったが、先輩に彼女がとっくに帰ったと教えられ、あきらめて
帰ってしまった。その先輩が、嘘をついたとも知らずにね!」
「え!? どうしてリックがそんなことをする。彼はイタズラをするような人間でもないし、
嘘なんかつくはずがないさ」
「けれど、その先輩も彼女のことを好きだったのなら、どうだろうか? ラーナがパパの
言うように可愛いかったんなら、同じクラスの男が好きになっても不思議じゃあないだろ。
おそらくその先輩は、パパよりも前からラーナを好きだったんだよ。パパが彼女と仲良く
なったことだってかなり気に食わなかった。でも、パパとも友達だしそのことは言えない。
けど、パパが彼女を3時間も待ってたのを知ってとっさに〔もう帰った〕と嘘をついた!」
「そんなバカな……」
「パパは告白しようとしてたんだから様子もおかしかったし、ましてや花束を持っていた。
そんな男に自分の好きな女の子が帰ったかと訊かれれば、とっくに帰ったというしかない」
「なるほど。ありえるありえる」
 と、お姉ちゃんもうなずいた。
「違う違う。リックには、ちゃんと付き合ってるシェリアってバスケ部の娘がいたんだからさ。
人をからかったりするようなタイプでもないし、彼は嘘をついてないと思う。リックが帰った
と言うんなら、やっぱりそうだったんだよ」
「でも、だったらどうして?!」
「どうしてって、それがパパにも解らないんだよ。その日に会えなかったことはもういい。
そういう流れだったんだろう。でも、なぜ会えなかったのかだけは、今だに不思議なんだ」

 すると今度は、お姉ちゃんが叫んだ。
「へへん。読めたわ!」
「なに、ティア、解ったのか?」
 お兄ちゃんは、少し悔しそうだ。
「当然。こんなの簡単よ」
「なら、言ってみろよ」
「つまりね、ラーナはその日、学校を休んだのよ」
「はぁ?!」
「パパ、その日は会わなかったっていうからには、朝も昼も会ってないってことでしょ?」
「そ、そうだけど……」
「最初から学校に来てないんだから、何時間待とうとも会えるはずないじゃないの」
「‥‥‥‥‥‥‥‥」
 パパが言葉につまる。
「おいおい、〈リックの証言〉はどうなったのさ?」
 そうお兄ちゃんに言われて、やっとパパも思い出した。
「そうだよ。彼女は休んでなんかいないさ。リックにもそれは訊いたんだ。そしてリックは
言った。ラーナは授業が終わると、慌てたようにすごく急いで帰ったんだって」
「うーん。彼はなぜそんな嘘を……」
「だから嘘じゃないって」
 お兄ちゃんはまだ〈リック犯人説〉にこだわっているようだ。
「ちょっと待って! 〔彼女は授業が終わるとすごく急いで帰った〕、そう言ったのよね?」
そう叫んだお姉ちゃんが、立ち上がった。
「そうだけど。それが何か?」
「んとー、リックって人は…ラーナと同じクラスなのよね。だったら彼は、ラーナが荷物を
持って教室から出るとこを見て、〔帰った〕って言ったってことでしょ?」
「え! そ、そういうことになる…のかな」
「だったら、リックは彼女が門を出るのを見たわけでもないし、彼女が本当に家に〔帰った〕
のかどうかなんて知りはしない」
「そう言われると‥‥そうだよなあ」
「なのにパパったら、リックが〔とっくに帰った〕って言ったら、そのまま信じ込んじゃったの。
ラーナがまだ学校にいるにもかかわらず…ね。これが答えよ! バッカバカしい」
「やっぱり犯人はリックか。ま、彼に〈悪意〉はなかったようだけどね」
「もう少しだけ待っていたら、ラーナに会えてたんじゃないの」
 お姉ちゃんがため息をもらした。
「でも、彼女はそんな時間まで何を?」
「そんなこと、わたしは知らないわ。ラーナに訊いてよ」
「…? そうだよ、パパ。彼女に次の日に訊かなかったのかい?」
「もちろん、訊いたけど」
「ええ! それを早く言ってよ。〈答え〉は出てるんじゃないの!」
「いや、訊いたんだけど。授業が終わるとまっすぐ帰ったというんだ。当然、正門からね」
「図書室にも寄らずに?」
「ああ、そうだよ」
「それって、どういうことかしら?」
「だから、解らないんだって。なぜ会えなかったのかが」
「パパはずっと門を見張ってたんだろ?」
「ああ。絶対にラーナは出てこなかった。その日、彼女が正門から出たとすれば、パパが
あきらめて帰ってからだと思う」
「変装してたのかもよ?」
「ハハ、何のためにさ? そっちの方が不思議だろ」
 変装?! だったらおもしろいけれど、ラーナが変装をしなくちゃならないような理由など、
わたしには思いつかなかった。
「でもパパを信じるとなると今度は、〔彼女が嘘をついた〕ってことになるのよ」
「だったら彼女は、何のためにそんな嘘を?」
「そりゃあ決まってるわ! 〔パパに言えないこと〕があったのよ、その日」
「例えば、どういう?」
「‥‥‥‥‥‥‥」
 3人とも考え込む。わたしも推理してみたけれど、なんにも浮かばない。

 最初に声を上げたのはお兄ちゃんだ。
「そうか!! リックには恋人がいたかも知れないが、ショーンにはいなかった!」
「もう。誰よそれ?」
「彼女のクラスメイトの誰かさ。そのショーンは、ラーナが好きだった。本当に可愛くて
頭も性格もいいのなら、やっぱりライバルの存在を考えない方がおかしいよ」
「まあ、それはそうかもしれないけど……」
「そのショーンが彼女をデートに誘った。そして2人は裏門から出ていったのさ。だから
パパには嘘をついた!」
「ラーナがパパを裏切ったっていうの!?」
「裏切りも何も…約束もしてないし、付き合ってもいないんだから。でも、まあおそらく、
〈ショーンの独断〉だったんじゃないかな」
「ってどういうことよ?」
「パパはショーンを知らなかった。けれど、彼はパパを知っていたのさ! パパがラーナと
親しくしているのも許せなかった。だからその日、ショーンも行動に出たんだ!」
「ショーンも、パパと同じ日に?! なによォ。〈偶然〉はダメだって言ったのは…」
「解ってるよ。偶然じゃない。ショーンは見たのさ。花束を持って待っているパパを!」
「えッ!?」
「ショーンはパパを知っていた。だから、校門にいるパパを見て、ピンときた。ショーン
は慌てて校舎に戻り、ラーナを見つけた。そして何とか理由をつけて、その日だけは裏門
から帰るようにしむけたのさ」
「だけど、次の日からまた会って話したけど、誰もジャマなんかしなかったぞ」
「でもパパは、もう告白する気はなかったんでしょ?」
「そうだけど、それは関係ないだろ」
「いや、あるんだな。ショーンは、次の日からまた普通の友達に戻った2人を見て、パパ
はもう敵ではないと判断したんだ。だから黙認した。いや、ショーンの方こそ、その日の
帰り道で彼女に告白していたのさ! そしていい返事をもらっていた。そうに違いないね」
「そんなはずはないよ。ラーナにそういうそぶりはなかったし、それからも今まで通りに
放課後はいっしょにすごして、2人で帰ったんだから」
「そうか。そうすると、彼の告白は失敗したんだね。だからショーンはあきらめたけれど、
パパの告白を阻むことには成功し、結果的にパパはもう二度と告白できなかった。つまり、
彼の思惑はある意味で成功したともいえる」
「う~ん‥‥」
 わたしも少し納得させられかけていた。

 けれど、お姉ちゃんが異をとなえた。
「待って、忘れてるわよ!」
「え? 何をだ?」
「ラーナは急いでたのよ! リックが、そう証言してるわ。パパ、リックって人は信用の
できる人なんでしょう?」
「ああ。彼なら確かだ。リックが急いでいたと言ったからには、そうだったはずだ」
「じゃあ、彼の証言を信じましょう。少なくとも、架空のショーンよりは確かだわ」
「解ったよ。それで彼女が急いでいたらどうなんだ?」
「まず、ショーンが校門でパパを見つけて戻ってきて彼女を言いくるめる…とかいうのは
不可能ね。そんなヒマはないわ」
「ああ。まあな」
 と、お兄ちゃんもあっさり認めた。
「だからショーンなんてやっぱりいないの。彼女は〔自分の意思で、裏門から出た〕のよ」
「なぜ?」
「そんなの解らないわよ」
「何だよ、そりゃ。だいたいラーナは何を急いでたんだよ?」
「そうよ。おそらくそれが〈鍵〉なのよねー。うーん。とにかく彼女は急いでいた。そして、
なぜか裏門から帰り、パパにはそのことを隠した」
「そうだな。解っているのはそれくらいだな。ただし、裏門から出たのは確認されてない。
パパがあきらめた後で帰ったのかもしれない」
「じゃあ、そんな時間まで何をしてたの?」
「そんなの知るもんかよ」
「んーと、やっぱり〔急いで教室出た〕ってとこから考えるしかないないわね」
「そうだな……。その日、彼女は急いでた。理由はともかく」
 それから2人ともしばらく考えていた。そして、お兄ちゃんが言った。
「急いでて転んじゃって頭打って3時間気絶してた。本人に自覚はなく、まっすぐ帰った
と信じ込んでいた!」
「‥‥‥‥却下」
「だろうね。えーと、彼女の教室はどこにあったの?」
「あ、ああ、4階だよ。パパは2階だった」
「エレベーターは?」
「なかった」
「なるほどね。慌てて教室を飛び出した彼女は、4階から階段を飛ぶように駆け降りた!
周りも見えず、急には止まれない。彼女が気付いた時には、遅すぎたんだよ!」
「遅いって、何がよ?」
「ぶつかったんだ。少女だ!! 小学1年か2年かとにかく小さかった。ラーナには少女が
見えなかった。ただ膝に何かが当たったのだけを感じた。しかし幼い少女にはその衝撃は
激しかった。その小さな足で上ってきた階段を一瞬で転がり落ちていくほどの勢いだった。
自分の膝に接触したものが手足も首も妙な角度に折れてバウンドしていくのを、ラーナは
スローモーションのように見つめていた」
「なにそれ! それで保健室に運んで必死で看病していたとでも言うの?!」
「看病の必要はない。少女は明らかにもう息絶えていたからね。必死だったのは、むしろ
死体の隠し場所を探して…かな。パパにも誰にも言えるはずはないだろ。次の日、空気が
変だったのも当然だね」
「ハハハ‥‥どうしてそうなるの。もしそんなことがあったら大ニュースでしょ。たとえ
死体は隠したとしても、行方不明ってことで騒ぎになるじゃない」
「…ああッッ!!」
「どうしたの、パパ!」
「行方不明だ!! 確かにいたッ!」
「ええェッ!」

「そうだ、忘れてた!! ちょうどその日から、小学2年生の男の子が1人、行方が解らなく
なって、結局見つからなかったんだったッ!!」
 わたしは心臓が止まるかと思った。まさかそんな展開になろうとは。
「それって、ホントなのッ?!」
 けれど、パパは笑って答えた。
「ハハハッ、嘘だよ、嘘。決まってるだろ。そんなことあるはずないじゃないか」
「なによもう!」
 ああ‥‥よかった。
「ごめんごめん。だけど、たとえ彼女が殺したとしても隠したりしないさ。それに彼女は、
めったに走ったりもしなかった」
「驚いたじゃない、パパったら!」
 お姉ちゃんもほっとした様子だ。お兄ちゃんが笑って言った。
「まあそんな〈大事件〉じゃないにせよ、パパには言えないことが、彼女の身に起こった」
「そりゃあ言えないこともあるでしょうよ」
「もちろんさ。付き合ってもいなかったんだぜ。何でも話すと思ったら大間違いだよ」
「もう、キース兄ったら。わたし、やっぱりその〔急いでた理由〕ってのが鍵だと思うな。
それが解れば、パパに言えなかった訳だって解るような気がするのよね。けど、どうして
急いでたんだろ??」
「そんなの知るかよ。例えば、トイレをガマンしてただけかもしれないだろォ。でなけりゃ、
どうしても観たいドラマがあったのかもしれないし、飼っていた猫がカゼをひいてて心配
だったのかもしれないさ」
「ドラマはほとんど観ないようだったし、飼っていたのはインコだけだよ」
「インコ? だったら、そのインコが病気だったのよ。それで……そうよッ、解けたわ!
インコを預けてた獣医さんが、彼女の家と反対側にあったんだわ。そして授業が終わる
のを待ちかねた彼女は、急いで学校から出ていったのよ、そう…裏門からね!」
「ほう‥‥なるほどね」
 と、パパもうなずいた。
「チャイムが鳴るのを聞いたパパは彼女を待っていた。けれど、彼女が走ってくるなんて
思ってないし、まして裏門から出ていくとは思ってない。見逃したとしても不思議ないわ」
「確かにそうだな。それなら見逃したかもしれない。裏門の方はずーっと見てたってわけ
じゃないし、もしそれが本当なら……」
「でしょでしょ、ありえることよ」
 と、うれしそうなお姉ちゃん。
 わたしも、今の説はちょっと気に入っていた。

「しかし、そこで1つ問題があるな」
 お兄ちゃんが、また指を1本立てて言った。
「なによぉ?」
 お姉ちゃんが少しムッとしてお兄ちゃんを見る。
「なぜ彼女は嘘をついたか…ってことだよ。そんな理由なら次の日、パパに聞かれた時に
正直にそう言えばいいだろう? 裏門から急いで帰った。それはインコのためだった…と。
嘘をつく必要なんか全然ないじゃないか。だけどそれなのにさ、彼女はこう言ったんだよ。
〔その日はまっすぐ正門から帰った〕…と! おかしいじゃないか」
「そうだな。確かにそんな理由なら、正直に話してくれたと思うよ」
 と、パパ。けれどお姉ちゃんは、まだあきらめていないようだ。
「朝起きて、いつものようにエサをあげようとして彼女は驚いたわ! 愛するインコが床に
うずくまって動かないんだから。ああ、昨夜まであんなに元気だったのに! ママが病院
に連れて行くとは言ってくれたけれど、彼女は心配でしかたない。授業も上の空だったわ。
そして、ようやく学校が終わって彼女が慌てて駆けつけた時にはもう……」
「死んでたッ‥!」
「彼女は嘆き悲しんだわ。その夜は眠れずに泣いて明かした。いやもしかしたらインコと
すごした楽しい時を想い出してすごしたかもしれないわねー。どちらにせよ、もうインコの
話をしたくはなかったのよ。だから……」
「パパにも話さなかった」
「そうよ。まさかパパが帰りをずっと待ってたなんて思わないもの! 図書室には寄らず
に帰ったって言えば、それだけで〔説明はつく〕と思ったはずだわ」
 お兄ちゃんもうなずいた。
「確かに。もともと約束なんかしてなかったし、図書室に行くから会うだけの関係だった。
パパの方はむしろ彼女に会うために毎日図書室に行ってたけれど、彼女の方はそうじゃ
ないんだからさ!」
「そうそう。パパが1人で勝手に盛り上がってたことなんて、知るはずもないんだからね」
「‥‥‥‥‥‥‥‥」
 パパの瞳が淋しそうになっていくのを見かねて、わたしはなんとかフォローをと試みた。
「で…でも、彼女の方もパパと会うのはすごく楽しみだったと思うわ。その日はたまたま
それどころじゃないことがあっただけで」
「可愛がってたインコが死んだのよ。当然のことじゃない。話すだけでも辛かったろうし、
しかたないと思うよ」
「そっか。そうだよね」
「それにしても、タイミングが悪かったわね」
 などとわたしたちが話していると、お兄ちゃが怒ったように言った。
「おいおい、話終わらせないでよ。インコは死んでないぜ」
「え? まあそりゃ仮定の話だけど……。形としてはそういうことじゃないかな。その日、
ラーナは急いでしかも裏門から帰る事情ができた。そしてそれは、パパには言いたくない
ことだった。この〈骨組み〉は変わらないわよ」
「まあ……そうだけどさ」
「基本構造としてはそういうことなのよ。でもこれ以上は〈データ不足〉だから無理よねー。
どのみち推論の域を出ないっていうか……」
 わたしは感心してしまった。パパやお兄ちゃんならともかく、お姉ちゃんがこんなにも
論理的な考えというか、〈推理〉みたいなことができるなんて…!
 
 だけど、〈名探偵〉の役を譲るつもりはないお兄ちゃんは、まだ納得していないようだ。
「あのさー、言いにくいんだけど……」
「なによ」
 と、お姉ちゃんがにらむ。
「‥‥もしかしてさ、〔パパに会いたくないから裏門から帰った〕って線はないかな?」
「え! なんで会いたくないのよ?」
「いや例えば、〔別の男とデートする〕とかさ」
「またショーン?」
 お姉ちゃんが眉をしかめる。
「インコが死ぬよりは自然だろ。パパに内緒にした理由も明解だし」
「そうだけど……それは違うわよ。彼女に別な男なんていないもん」
「なんでティアにそう言い切れる」
「そんな男がいたら、パパも気が付くわよ」
「どうかなあ?」
「そりゃ、パパはそういうのちょっと鈍感だけど…でも、その日以外は毎日会って2人で
帰ってるのよ、どう考えても……」
「そうかな?」
「確かにパパは少し鈍いとこあるけど、でもパパが好きになる人は、絶対にそんな人じゃ
ないと思うわ」
「け…けど、パパと付き合ってたってわけじゃないし、浮気でも二股でもないと思うけど。
ただ、彼女にはちゃんと恋人がいた。パパがそれを知らなかったってだけじゃないの?」
「エエッ!! そ、そ、そう…かな?!」
 パパは少しうろたえているようだ。
「彼女に確かめてないだろ?」
「な、何を?」
「恋人がいるかどうかだよ」
「そりゃ……。け、けど……そんな」
「と、いうことさ。パパには残念だけど、これが〈真相〉さ」
 お姉ちゃんはまだ考えている。
 わたしもこんな答えはイヤだ。お姉ちゃん、なんとかして!

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by seikiabe | 2004-09-23 15:12 | ハート家の名探偵 | Comments(0)
ハート家の名探偵・第1話・その3

♡1・「パパは生まれたときからパパじゃない」  解決編

「‥‥ちょっと待って!!」
 お姉ちゃんが叫んだ。
「なんだよ、ティア。まだ何かあるのか?」
 明らかに不服そうなお兄ちゃんを、お姉ちゃんが見つめる。
「ラーナは〔パパに会いたくないから裏門から帰った〕って言ったわよね。でも、なんで
彼女は〔パパが正門で待ってる〕って知ってたのよ!?」
「ウ‥‥‥」
 虚をつかれたらしいお兄ちゃんが黙り込む。やった。
「知るはずないわね。おそらく彼女はこう考えたはずだわ。〔パパは図書室にいる〕と!!」
「……そ、それはそうだな。確かに」
 と、唸るお兄ちゃん。それを見て、うれしそうに微笑むお姉ちゃん。
「‥‥じゃ、じゃあ、図書室のパパを無視して正門から出ようとしたら、パパがいたんで
驚いて裏門の方へ……」
「それはないわね。ラーナはパパが図書室にいると思ってるのよ、正門なんかにいるとは
考えてないのよ」
「ああ。だから、慌てて隠れたのさ」
「無理ね。彼女は急いでいる。パパがいるなんて想像もしてない。しかし、パパは違うわ。
ずーっと彼女だけを待っていたのよ。どちらが先に気付くかは明白よ!!」
「うーん、なるほどね。だとするとどうなるか? 彼女はどうして裏門から出たのかな?」
 考え込むお兄ちゃんの横で、わたしもなんとか別の答えを探そうと必死だった。

 けれどわたしには何一つ考えが浮かばないので、祈るようにお姉ちゃんを見た。
 でも残念ながら、先に声をあげたのはお兄ちゃんの方だった。
「そうか、解ったぞ!! デートに行くのに、駅がそちら側にあったんだ。そういうことさ!」
「え! なによそれ。パパ、どうなの?」
 お姉ちゃんの問に、パパはうなずいた。
「そうだな。駅や繁華街なんかは裏門の方角になる」
「ほらみろ。やったー! ついに解答を見つけ出したぞー!」
 大喜びのお兄ちゃんをにらむお姉ちゃん。
「なによ、どうしてもショーンとデートさせたいのねッ」
「けど、これなら〈急いでた理由〉と〈裏門から帰った理由〉と〈パパに嘘をついた理由〉
の全部にきっちりと説明がつくんだ。推論としては完璧さ。否定する根拠はないんだ。
なら、これで決まりでいいだろ!」
「そ、そうだけど……。もう、パパなんとか言ってよッ。こんな〈答え〉でいいの?」
「いや、どうだろう。わからないけど‥‥。でも、デートなら裏門の方に行くだろうし、それに
考えてみれば、ラーナになら恋人がいたって当然だったのかもしれないな‥‥」
 それを聞いて、お姉ちゃんも黙ってしまった。
 
 さらにお兄ちゃんが続ける。
「彼女にはなかなか会えないけれど恋人がいた。そしてパパが告白しようとしたその日は、
2人が久しぶりにデートする日だったのさ! それは偶然だけど、ある意味では運命的だ。
告白できなかったことも、それでよかったのさ。〈真実〉とは時に、悲しいものなんだよね。
知らないでいた方がいいこともあるんだ。特に〈想い出〉なんてものは……」
「そうかもな‥‥うん、そうだな。確かに否定する根拠はないね。そいつが〈正解〉だろう」
 と、悲しい笑顔を浮かべたパパ。
「パパにとっての彼女は、心を開いてありのままの自分を見せられる、唯一の相手だった。
自分の半身でもあり、憧れの対象でもあった。だけど、彼女にとってはそうじゃなかった。
パパは彼女よりも幼かったし、身長だって負けてたんだよ。男として見れなくて当然だね」
「告白したらどうなっていたと思う? やっぱり〈友情〉も失っていたのかしら?」
 そうお姉ちゃんが訊いた。
「さ…さあ、彼女は大人だったから。笑って、〔友達でいましょう〕と言ったかもしれないな」
「それでパパはどうしたの?」
「うーん‥。パパは弱虫だから、傷ついて彼女を避けてしまったかもしれない。少なくとも
今まで通りってわけにはいかなかっただろうな」
「じゃ、告白できなくてやっぱり正解ってこと?」
「‥‥ああ。たぶん‥‥そうなんだろうね」
 そうして話が終わりそうになった時、ようやくわたしにもある考えが浮かんだ。

「‥‥えーと、わたしも一言いいかな…?」
「どうしたんだい、レイチェル?」
 3人の目が、わたしを見つめる。
「あのね、えっと……わたし思ったんだけど、女の子の方が成長は速いじゃない。まして
年上でしょ? ラーナさんは、パパが思ってたより〈大人〉だったと思うの」
「どういうことさ?」
「彼女は、とっくに〈パパの気持ち〉に気付いてたんじゃないかなァ」
「なんだって‥!?」
「パパが女性としてラーナさんを好きだったこと。告白なんかしなくてもお見通しだった
と思うの。でも彼女は、パパとは〈親友〉でいたかったのよ」
「‥‥な、なるほど。やっぱり彼女はパパのことは……」
「違うの。彼女もパパのことが好きだったのよ! いえ、本当に好きになりそうで困って
いたんじゃないかな。だから告白してほしくなかった。転校するのが決まってたから…。
それにね、〔友情より恋愛の方が深い〕っていうのも、勝手な決めつけだと思うよ」
「うん。それは‥‥確かにそうよね」
 お姉ちゃんが納得してくれた。
「なるほどね。そういう考え方もあるかもな」
 お兄ちゃんもうなずいてくれた。
 わたしはうれしくて飛び上がりそうになった。けれど、お兄ちゃんは続けた。
「でもさ、それって、その日会えなかったことの説明にはまるでなってないんだけどさ」
「へ…??」
「ラーナがパパの気持ちを知ってたってのはいい。友達のままでいたかったってのもいい。
けどさあ、彼女はどうして〔パパが校門で待ってる〕ってことまで知ってたんだろね…?」
「そ‥それは‥‥」
 その通りだ。わたしの顔はみるみる赤くなった。それはさっきお姉ちゃんがお兄ちゃん
をやりこめてくれて、わたしが心で拍手をした反論そのものだった。わたしは、ラーナに
別の恋人がいたってことを否定したくて、問題をすりかえてしまっただけなのだ。そして
焦ったわたしの頭はぐるぐると回って、それ以上は何も考えられなくなってしまった…。
 やっぱりわたしには〈名探偵〉の役なんて、できっこなかったのだ。

 いつの間にか、時計の針は12時を過ぎていた。
「なんか、またハラ減っちゃったなあ。サンドイッチでいい?」
 と、お兄ちゃんがキッチンに向かう。
「キース兄だけじゃ心配だから、わたしも……」
 と言いながら、お姉ちゃんも続いた。
 まったく仲がいいんだから…とか思っていると、
「バカ、ツナなんかオレは食わねえぞ! ロブスターあっただろ?」
「なーにゼイタクなこと言ってるのよッ、ふざけないでよ!」
 と、また始まっていた。
 
 するとその時、お絵描きの終わったらしいルーミィが、こちらに歩いてきた。
 それでわたしも、ルーミィに借りていたイルカの絵本のことを思い出して、続きを
読もうと手に取った。
 そして、思わず息を呑んだ。どくりと心臓が鳴る。
 パパがわたしを見て微笑んだ。
「ようやく気がついたね、レイチェル?」
 愛らしいイルカの絵の下には、〈作・絵/ラーナ・ミンス〉と記されていたのだった!
「いい本だろ? でもさあ…この前、本屋でそれを見つけた時には驚いたなあ」
 パパは笑いながら、ルーミィを抱き上げて膝に乗せた。

「ねえ‥‥パパ?」
 膝の上のルーミィが、パパを見上げて言った。
「ママとラーナ、どっちがスキ?」
 パパがびっくりして、ルーミィを見つめる。
「ル、ルーミィ!? 聞いてたのか‥‥」
 わたしもその質問の答えは知りたかった。いや、答え自体は決まっている。それよりも、
ラーナとパパが今でも交流があるのか、知りたいと思った。
「もちろん、ママだよ。決まってるだろ」
 パパはそう言って、優しく微笑んだ。
 けれどルーミィは、丸い瞳をとても悲しそうに潤ませた。
「どうしたんだい、ルーミィ?」
 するとルーミィは、消えそうな声で言った。
「‥‥ラーナ‥‥かわいそう」
「ど、どうしてだ…!?」
 なんだかパパの声も体も、少し震えているようだった。

「‥‥‥‥おみみ、きこえないから‥‥。びょーきなの?」
「な、なぜだッ!? 絵本にだって、書いてないはずだぞッ」
「‥‥としょしつで、しゃべっちゃダメでしょ?」
 へ? そ、そうか‥‥! 確かに毎日毎日、図書室で話をしていたというのは不自然だ。
図書室ほど会話に向かない場所もないではないか。でも〈筆談〉なら、それも納得できる。
彼女が音楽の授業に出なかったことだって…。言われてみれば、その通りかもしれない。
けれど、ルーミィに指摘されるまでは、わたしにはまったく思いもよらなかったことだった。
そして、次にルーミィが言った言葉で、わたしもパパもさらに驚かされた。

「‥‥ねー、パパ、ラーナにあげようとしたプレゼントって‥‥えほん?」
「そ、そうだよ、絵本だ。彼女は絵本がとっても大好きだったからね」
「本当なの、パパ!? でもルーミィ、どうしてそんなことが解ったの?!」
「‥‥としょしつ、いかなかったから。えほんをもってくの、ヤだったのかなー?…って」
「な、なるほどッ! もしかしたら‥‥そうだったのかもしれないよ」
 つまり、プレゼントが絵本だったので、それを渡して開いてもらう場所としては図書室は
相応しくないと、無意識に図書室を避けてしまったということか。ムムム‥‥それにしても、
ルーミィってばすごくないだろうか?! パパが隠していたことばかりか、パパ自身でさえも
気付かなかったことまで見抜いちゃうなんて‥! と、ここでようやくわたしにも、昔からの
ある1つの疑問が解けた。

「ねえパパ、イースターにみんなに絵本をくれるのは、そういう訳だったのね?」
「……ああ。毎年イースターになると、ラーナの誕生日が近くなったら…思い出すんだよ」
「そんなの、ひどいよ」
 わたしは裏切られたような気がして言った。
「あの時、ラーナには絵本を渡せなくて、その代わりにわたしたちに……」
 パパもその言葉で傷ついたようだった。 
「‥‥そうだね、すまない。だけど、ラーナが描きたかった、ラーナが好きだった絵本の
世界のすばらしさを‥‥おまえたちにも解って欲しかったんだ」
「そんなのってないよッ。それにこうやって、ラーナはちゃんと絵本作家になってる…!」
 わたしは持っていた絵本を床に叩き付けようとして、どうにか思いとどまった。
「ご、ごめんね‥‥ルーミィ」

「すまなかった、レイチェル。でもね……」
 パパは目を伏せるルーミィの髪を撫でながら、意を決したように続けた。
「ラーナが描いたのはね‥‥その『フォッティーナの海』‥‥1冊だけなんだよ。それに
その本はね‥‥ラーナの御両親が、彼女の〈遺志〉を汲もうと出版されたんだよ‥‥」
「そ、それじゃあ‥‥」
「そうだ‥‥。ラーナは、転校したんじゃない‥‥。病気で‥‥亡くなったんだよ」
 わたしは目の前が暗くなった。ラーナが死んでしまっただなんてあまりにも悲しすぎる。
それにもまして、そのことをついにパパの口から言わせてしまったのを、心から悔やんだ。
「ご‥めんなさい。わた‥し‥あの‥‥‥」
 そんなわたしの頭を優しく抱き寄せるパパ。その体温が伝わる。
 そしてルーミィが、濡れた頬にキスしてくれた……。

「でーきた、できたッと。あ、ロブスターはオレね」
「こら、キース兄、スープも持ってきてよぉッ」
「はいはい。もう、うるさいよ。あれ、ミルクもないや」
 お兄ちゃんたちは、にぎやかにまたキッチンへ消えた。
 少しイビツで分厚すぎるけれど、とてもおいしそうなサンドイッチが並ぶ。
「さ、昼ゴハンにしようか! みんな、手を…顔も洗いに行こう」
 微笑んだパパが、ルーミィをそっと抱き上げて立たせた。
 けれど、ルーミィはそこを動かない。
「どうした、ルーミィ?」

「ねー、パパ?」
「なんだい。まだ何かあるのかい?」
「うらない‥‥のこと」
「占い? 占いがどうした?」
「そうよね、ルーミィ。占いなんかに頼っちゃってダメよねー、パパったら」
 わたしの言葉に、ルーミィは首を振った。
「ちがうの」
「え? 何が違うの?」
「ねーパパ、うらないのこと、ラーナにゆってないでしょ?」
「あ…ああ、もちろんだよ。そんなこと、恥ずかしくて言えるはずないじゃないか……」
 どういうことだろう? わたしにはその質問の意図が解らなかった。
「そっか、やっぱり。パパとラーナは、ふたごなのね」
 と、ルーミィはなぜか微笑んだ。
「じゃ…これ、パパにあげるよ」
 そう言ってルーミィは、丸めて持っていたらしい紙を、パパに手渡した。
「ありがとう。でも……なんだいこれ?」
 それには答えず、ルーミィは、
「おてて、あらってくるねー」
 と、洗面所の方にトコトコと走っていった。

 首をかしげながら、ルーミィからもらった紙をくるくると開いたパパ。すると、
「こ、これは……!」
 と言ったきり、浴びたシャワーが水だった時みたいな顔で固まってしまった。
 どうやらそれは、ルーミィの描いた絵のようだった。そういえば、いつも恥ずかしがるので、
ルーミィの絵をちゃんと見せてもらったことはない。
「そんな‥‥。そ、そうだったのかッ! ああぁァ‥‥‥」
 
 ここからは裏側しか見えないので、よく判らない。
 わたしはイスに上って、パパの手元をのぞき込んだ。
 すると、その紙にポタリと何かが落ちた。
 それは、パパの瞳から零れたしずくだった……。
 なんてしみじみと温かい絵だろう。優しい色と詩情に満ちた線が描き出す心地よい空気。
悦びと希望の溢れる景色。そして少女が放つ清らかさと安らぎ。この少女は恋をしている。
そのことが伝わる。彼女は1人、じっと誰かを待っている。そして、この場所は……!!
 わたしにも、全てが解った。純真な目で見れば、当たり前すぎた答えだ。

「どうしたのさ? 早くしないとログとピニーがみんな食べちゃうよー」
 昼食の準備を整えたキースお兄ちゃんとティアお姉ちゃん。
 わたしは2人に向かって、少し得意そうに言った。
「あのさあ‥‥〈謎〉、解けたよ」
「それよりサンドイッチ……ん? もしかして、さっきの話のことかァ!?」
 わたしは深くうなずくと、ゆっくりと口を開いた。

「‥‥‥あの日、ラーナはね、パパに告白しようとしてたの! だから急いでたのよ!」
「なんですってッ!?」
「ま、まさか……。でも2人して同時にだなんて…あるはずがないだろ、そんな偶然ッ!」
 そのお兄ちゃんの反論に対する答えはこうだ。
「イースターが誕生日だったんだからさ、ラーナも牡羊座なのよね」
「だからなんだよ。ま…まさか、彼女も例の〈占い〉を!?」
「ま‥待ってよ、パパッ、その〈占い〉の載ってた雑誌っていうのは?」
「あ、ああ。『アニマル・ライフ』って雑誌だよ」
 それを聞いて、2人も納得するしかないようだった。
「なる‥ほど。そりゃあ、ラーナも絶対読んでるな」
「‥‥そうね。本当に2人は、相性バッチリなのね」
 2人とも、この〈解答〉に満足したかのように笑顔を浮かべた。

「けど、なんでこんな簡単なことに気が付かなかったのかしらね?」
「レイチェル、どうして解ったんだ?!」
「ううん。わたしじゃないよ」
 そう言ってわたしは、小さな名探偵を抱きしめた。
 するとルーミィが、少し恥ずかしそうに微笑んだ。

 パパは、ずっと絵を見つめていた。
「‥‥‥‥ラーナ。君も僕を待っていたんだね‥‥‥図書室で‥‥‥ずっと‥‥‥‥」
 マーカーの色がまた淡くにじんだ。



♡1・「パパは生まれたときからパパじゃない」

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by seikiabe | 2004-09-23 14:54 | ハート家の名探偵 | Comments(12)