ハート家の名探偵・第1話・その3

♡1・「パパは生まれたときからパパじゃない」  解決編

「‥‥ちょっと待って!!」
 お姉ちゃんが叫んだ。
「なんだよ、ティア。まだ何かあるのか?」
 明らかに不服そうなお兄ちゃんを、お姉ちゃんが見つめる。
「ラーナは〔パパに会いたくないから裏門から帰った〕って言ったわよね。でも、なんで
彼女は〔パパが正門で待ってる〕って知ってたのよ!?」
「ウ‥‥‥」
 虚をつかれたらしいお兄ちゃんが黙り込む。やった。
「知るはずないわね。おそらく彼女はこう考えたはずだわ。〔パパは図書室にいる〕と!!」
「……そ、それはそうだな。確かに」
 と、唸るお兄ちゃん。それを見て、うれしそうに微笑むお姉ちゃん。
「‥‥じゃ、じゃあ、図書室のパパを無視して正門から出ようとしたら、パパがいたんで
驚いて裏門の方へ……」
「それはないわね。ラーナはパパが図書室にいると思ってるのよ、正門なんかにいるとは
考えてないのよ」
「ああ。だから、慌てて隠れたのさ」
「無理ね。彼女は急いでいる。パパがいるなんて想像もしてない。しかし、パパは違うわ。
ずーっと彼女だけを待っていたのよ。どちらが先に気付くかは明白よ!!」
「うーん、なるほどね。だとするとどうなるか? 彼女はどうして裏門から出たのかな?」
 考え込むお兄ちゃんの横で、わたしもなんとか別の答えを探そうと必死だった。

 けれどわたしには何一つ考えが浮かばないので、祈るようにお姉ちゃんを見た。
 でも残念ながら、先に声をあげたのはお兄ちゃんの方だった。
「そうか、解ったぞ!! デートに行くのに、駅がそちら側にあったんだ。そういうことさ!」
「え! なによそれ。パパ、どうなの?」
 お姉ちゃんの問に、パパはうなずいた。
「そうだな。駅や繁華街なんかは裏門の方角になる」
「ほらみろ。やったー! ついに解答を見つけ出したぞー!」
 大喜びのお兄ちゃんをにらむお姉ちゃん。
「なによ、どうしてもショーンとデートさせたいのねッ」
「けど、これなら〈急いでた理由〉と〈裏門から帰った理由〉と〈パパに嘘をついた理由〉
の全部にきっちりと説明がつくんだ。推論としては完璧さ。否定する根拠はないんだ。
なら、これで決まりでいいだろ!」
「そ、そうだけど……。もう、パパなんとか言ってよッ。こんな〈答え〉でいいの?」
「いや、どうだろう。わからないけど‥‥。でも、デートなら裏門の方に行くだろうし、それに
考えてみれば、ラーナになら恋人がいたって当然だったのかもしれないな‥‥」
 それを聞いて、お姉ちゃんも黙ってしまった。
 
 さらにお兄ちゃんが続ける。
「彼女にはなかなか会えないけれど恋人がいた。そしてパパが告白しようとしたその日は、
2人が久しぶりにデートする日だったのさ! それは偶然だけど、ある意味では運命的だ。
告白できなかったことも、それでよかったのさ。〈真実〉とは時に、悲しいものなんだよね。
知らないでいた方がいいこともあるんだ。特に〈想い出〉なんてものは……」
「そうかもな‥‥うん、そうだな。確かに否定する根拠はないね。そいつが〈正解〉だろう」
 と、悲しい笑顔を浮かべたパパ。
「パパにとっての彼女は、心を開いてありのままの自分を見せられる、唯一の相手だった。
自分の半身でもあり、憧れの対象でもあった。だけど、彼女にとってはそうじゃなかった。
パパは彼女よりも幼かったし、身長だって負けてたんだよ。男として見れなくて当然だね」
「告白したらどうなっていたと思う? やっぱり〈友情〉も失っていたのかしら?」
 そうお姉ちゃんが訊いた。
「さ…さあ、彼女は大人だったから。笑って、〔友達でいましょう〕と言ったかもしれないな」
「それでパパはどうしたの?」
「うーん‥。パパは弱虫だから、傷ついて彼女を避けてしまったかもしれない。少なくとも
今まで通りってわけにはいかなかっただろうな」
「じゃ、告白できなくてやっぱり正解ってこと?」
「‥‥ああ。たぶん‥‥そうなんだろうね」
 そうして話が終わりそうになった時、ようやくわたしにもある考えが浮かんだ。

「‥‥えーと、わたしも一言いいかな…?」
「どうしたんだい、レイチェル?」
 3人の目が、わたしを見つめる。
「あのね、えっと……わたし思ったんだけど、女の子の方が成長は速いじゃない。まして
年上でしょ? ラーナさんは、パパが思ってたより〈大人〉だったと思うの」
「どういうことさ?」
「彼女は、とっくに〈パパの気持ち〉に気付いてたんじゃないかなァ」
「なんだって‥!?」
「パパが女性としてラーナさんを好きだったこと。告白なんかしなくてもお見通しだった
と思うの。でも彼女は、パパとは〈親友〉でいたかったのよ」
「‥‥な、なるほど。やっぱり彼女はパパのことは……」
「違うの。彼女もパパのことが好きだったのよ! いえ、本当に好きになりそうで困って
いたんじゃないかな。だから告白してほしくなかった。転校するのが決まってたから…。
それにね、〔友情より恋愛の方が深い〕っていうのも、勝手な決めつけだと思うよ」
「うん。それは‥‥確かにそうよね」
 お姉ちゃんが納得してくれた。
「なるほどね。そういう考え方もあるかもな」
 お兄ちゃんもうなずいてくれた。
 わたしはうれしくて飛び上がりそうになった。けれど、お兄ちゃんは続けた。
「でもさ、それって、その日会えなかったことの説明にはまるでなってないんだけどさ」
「へ…??」
「ラーナがパパの気持ちを知ってたってのはいい。友達のままでいたかったってのもいい。
けどさあ、彼女はどうして〔パパが校門で待ってる〕ってことまで知ってたんだろね…?」
「そ‥それは‥‥」
 その通りだ。わたしの顔はみるみる赤くなった。それはさっきお姉ちゃんがお兄ちゃん
をやりこめてくれて、わたしが心で拍手をした反論そのものだった。わたしは、ラーナに
別の恋人がいたってことを否定したくて、問題をすりかえてしまっただけなのだ。そして
焦ったわたしの頭はぐるぐると回って、それ以上は何も考えられなくなってしまった…。
 やっぱりわたしには〈名探偵〉の役なんて、できっこなかったのだ。

 いつの間にか、時計の針は12時を過ぎていた。
「なんか、またハラ減っちゃったなあ。サンドイッチでいい?」
 と、お兄ちゃんがキッチンに向かう。
「キース兄だけじゃ心配だから、わたしも……」
 と言いながら、お姉ちゃんも続いた。
 まったく仲がいいんだから…とか思っていると、
「バカ、ツナなんかオレは食わねえぞ! ロブスターあっただろ?」
「なーにゼイタクなこと言ってるのよッ、ふざけないでよ!」
 と、また始まっていた。
 
 するとその時、お絵描きの終わったらしいルーミィが、こちらに歩いてきた。
 それでわたしも、ルーミィに借りていたイルカの絵本のことを思い出して、続きを
読もうと手に取った。
 そして、思わず息を呑んだ。どくりと心臓が鳴る。
 パパがわたしを見て微笑んだ。
「ようやく気がついたね、レイチェル?」
 愛らしいイルカの絵の下には、〈作・絵/ラーナ・ミンス〉と記されていたのだった!
「いい本だろ? でもさあ…この前、本屋でそれを見つけた時には驚いたなあ」
 パパは笑いながら、ルーミィを抱き上げて膝に乗せた。

「ねえ‥‥パパ?」
 膝の上のルーミィが、パパを見上げて言った。
「ママとラーナ、どっちがスキ?」
 パパがびっくりして、ルーミィを見つめる。
「ル、ルーミィ!? 聞いてたのか‥‥」
 わたしもその質問の答えは知りたかった。いや、答え自体は決まっている。それよりも、
ラーナとパパが今でも交流があるのか、知りたいと思った。
「もちろん、ママだよ。決まってるだろ」
 パパはそう言って、優しく微笑んだ。
 けれどルーミィは、丸い瞳をとても悲しそうに潤ませた。
「どうしたんだい、ルーミィ?」
 するとルーミィは、消えそうな声で言った。
「‥‥ラーナ‥‥かわいそう」
「ど、どうしてだ…!?」
 なんだかパパの声も体も、少し震えているようだった。

「‥‥‥‥おみみ、きこえないから‥‥。びょーきなの?」
「な、なぜだッ!? 絵本にだって、書いてないはずだぞッ」
「‥‥としょしつで、しゃべっちゃダメでしょ?」
 へ? そ、そうか‥‥! 確かに毎日毎日、図書室で話をしていたというのは不自然だ。
図書室ほど会話に向かない場所もないではないか。でも〈筆談〉なら、それも納得できる。
彼女が音楽の授業に出なかったことだって…。言われてみれば、その通りかもしれない。
けれど、ルーミィに指摘されるまでは、わたしにはまったく思いもよらなかったことだった。
そして、次にルーミィが言った言葉で、わたしもパパもさらに驚かされた。

「‥‥ねー、パパ、ラーナにあげようとしたプレゼントって‥‥えほん?」
「そ、そうだよ、絵本だ。彼女は絵本がとっても大好きだったからね」
「本当なの、パパ!? でもルーミィ、どうしてそんなことが解ったの?!」
「‥‥としょしつ、いかなかったから。えほんをもってくの、ヤだったのかなー?…って」
「な、なるほどッ! もしかしたら‥‥そうだったのかもしれないよ」
 つまり、プレゼントが絵本だったので、それを渡して開いてもらう場所としては図書室は
相応しくないと、無意識に図書室を避けてしまったということか。ムムム‥‥それにしても、
ルーミィってばすごくないだろうか?! パパが隠していたことばかりか、パパ自身でさえも
気付かなかったことまで見抜いちゃうなんて‥! と、ここでようやくわたしにも、昔からの
ある1つの疑問が解けた。

「ねえパパ、イースターにみんなに絵本をくれるのは、そういう訳だったのね?」
「……ああ。毎年イースターになると、ラーナの誕生日が近くなったら…思い出すんだよ」
「そんなの、ひどいよ」
 わたしは裏切られたような気がして言った。
「あの時、ラーナには絵本を渡せなくて、その代わりにわたしたちに……」
 パパもその言葉で傷ついたようだった。 
「‥‥そうだね、すまない。だけど、ラーナが描きたかった、ラーナが好きだった絵本の
世界のすばらしさを‥‥おまえたちにも解って欲しかったんだ」
「そんなのってないよッ。それにこうやって、ラーナはちゃんと絵本作家になってる…!」
 わたしは持っていた絵本を床に叩き付けようとして、どうにか思いとどまった。
「ご、ごめんね‥‥ルーミィ」

「すまなかった、レイチェル。でもね……」
 パパは目を伏せるルーミィの髪を撫でながら、意を決したように続けた。
「ラーナが描いたのはね‥‥その『フォッティーナの海』‥‥1冊だけなんだよ。それに
その本はね‥‥ラーナの御両親が、彼女の〈遺志〉を汲もうと出版されたんだよ‥‥」
「そ、それじゃあ‥‥」
「そうだ‥‥。ラーナは、転校したんじゃない‥‥。病気で‥‥亡くなったんだよ」
 わたしは目の前が暗くなった。ラーナが死んでしまっただなんてあまりにも悲しすぎる。
それにもまして、そのことをついにパパの口から言わせてしまったのを、心から悔やんだ。
「ご‥めんなさい。わた‥し‥あの‥‥‥」
 そんなわたしの頭を優しく抱き寄せるパパ。その体温が伝わる。
 そしてルーミィが、濡れた頬にキスしてくれた……。

「でーきた、できたッと。あ、ロブスターはオレね」
「こら、キース兄、スープも持ってきてよぉッ」
「はいはい。もう、うるさいよ。あれ、ミルクもないや」
 お兄ちゃんたちは、にぎやかにまたキッチンへ消えた。
 少しイビツで分厚すぎるけれど、とてもおいしそうなサンドイッチが並ぶ。
「さ、昼ゴハンにしようか! みんな、手を…顔も洗いに行こう」
 微笑んだパパが、ルーミィをそっと抱き上げて立たせた。
 けれど、ルーミィはそこを動かない。
「どうした、ルーミィ?」

「ねー、パパ?」
「なんだい。まだ何かあるのかい?」
「うらない‥‥のこと」
「占い? 占いがどうした?」
「そうよね、ルーミィ。占いなんかに頼っちゃってダメよねー、パパったら」
 わたしの言葉に、ルーミィは首を振った。
「ちがうの」
「え? 何が違うの?」
「ねーパパ、うらないのこと、ラーナにゆってないでしょ?」
「あ…ああ、もちろんだよ。そんなこと、恥ずかしくて言えるはずないじゃないか……」
 どういうことだろう? わたしにはその質問の意図が解らなかった。
「そっか、やっぱり。パパとラーナは、ふたごなのね」
 と、ルーミィはなぜか微笑んだ。
「じゃ…これ、パパにあげるよ」
 そう言ってルーミィは、丸めて持っていたらしい紙を、パパに手渡した。
「ありがとう。でも……なんだいこれ?」
 それには答えず、ルーミィは、
「おてて、あらってくるねー」
 と、洗面所の方にトコトコと走っていった。

 首をかしげながら、ルーミィからもらった紙をくるくると開いたパパ。すると、
「こ、これは……!」
 と言ったきり、浴びたシャワーが水だった時みたいな顔で固まってしまった。
 どうやらそれは、ルーミィの描いた絵のようだった。そういえば、いつも恥ずかしがるので、
ルーミィの絵をちゃんと見せてもらったことはない。
「そんな‥‥。そ、そうだったのかッ! ああぁァ‥‥‥」
 
 ここからは裏側しか見えないので、よく判らない。
 わたしはイスに上って、パパの手元をのぞき込んだ。
 すると、その紙にポタリと何かが落ちた。
 それは、パパの瞳から零れたしずくだった……。
 なんてしみじみと温かい絵だろう。優しい色と詩情に満ちた線が描き出す心地よい空気。
悦びと希望の溢れる景色。そして少女が放つ清らかさと安らぎ。この少女は恋をしている。
そのことが伝わる。彼女は1人、じっと誰かを待っている。そして、この場所は……!!
 わたしにも、全てが解った。純真な目で見れば、当たり前すぎた答えだ。

「どうしたのさ? 早くしないとログとピニーがみんな食べちゃうよー」
 昼食の準備を整えたキースお兄ちゃんとティアお姉ちゃん。
 わたしは2人に向かって、少し得意そうに言った。
「あのさあ‥‥〈謎〉、解けたよ」
「それよりサンドイッチ……ん? もしかして、さっきの話のことかァ!?」
 わたしは深くうなずくと、ゆっくりと口を開いた。

「‥‥‥あの日、ラーナはね、パパに告白しようとしてたの! だから急いでたのよ!」
「なんですってッ!?」
「ま、まさか……。でも2人して同時にだなんて…あるはずがないだろ、そんな偶然ッ!」
 そのお兄ちゃんの反論に対する答えはこうだ。
「イースターが誕生日だったんだからさ、ラーナも牡羊座なのよね」
「だからなんだよ。ま…まさか、彼女も例の〈占い〉を!?」
「ま‥待ってよ、パパッ、その〈占い〉の載ってた雑誌っていうのは?」
「あ、ああ。『アニマル・ライフ』って雑誌だよ」
 それを聞いて、2人も納得するしかないようだった。
「なる‥ほど。そりゃあ、ラーナも絶対読んでるな」
「‥‥そうね。本当に2人は、相性バッチリなのね」
 2人とも、この〈解答〉に満足したかのように笑顔を浮かべた。

「けど、なんでこんな簡単なことに気が付かなかったのかしらね?」
「レイチェル、どうして解ったんだ?!」
「ううん。わたしじゃないよ」
 そう言ってわたしは、小さな名探偵を抱きしめた。
 するとルーミィが、少し恥ずかしそうに微笑んだ。

 パパは、ずっと絵を見つめていた。
「‥‥‥‥ラーナ。君も僕を待っていたんだね‥‥‥図書室で‥‥‥ずっと‥‥‥‥」
 マーカーの色がまた淡くにじんだ。



♡1・「パパは生まれたときからパパじゃない」

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# by seikiabe | 2004-09-23 14:54 | ハート家の名探偵
hideさんへ…
 とりあえず1つ載せてみたけど、レイアウトが難しいねー。
 
 イラストは使っていいの?
 よければ天音のイラスト、アップしといてくれないかな? ダメ?

 
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# by seikiabe | 2004-09-23 12:06